MY STORY · 愛媛県今治市・大島
借金500万円とうつから、生まれた島で働くまで。
東京で会社に行けなくなって、借金を抱えたまま、生まれた大島へ帰ってきました。そこから少しずつつくってきたのは、この島で、心地よく働き、生きていくための選択肢です。
01 東京で会社員だったころ
「普通になれた」と思ったら、働けなくなった。
生まれも育ちも、愛媛県今治市の大島です。子どものころは、島の外にある「普通の暮らし」に憧れていました。大学進学で島を出て、卒業後は東京で就職。スーツを着て、お台場のビルへ通うようになりました。
そこで出会った先輩に憧れて、マルチ商法を始めました。リボ払いとキャッシングで約200万円。奨学金の約300万円と合わせて、借金は500万円になっていました。
朝、起きられない。会社のトイレに逃げ込む。やがて、うつで会社に行けなくなりました。借金のことも、働けないことも、家族や友達に言えないまま、半年が過ぎました。
このとき、したこと会社を辞め、生まれた島へ戻った。
02 帰郷して、働き直す
島に帰ってから、欲しい暮らしを考えた。
会社に行っていないことが親にわかり、大島の実家へ戻りました。帰ってきたときは、とにかく恥ずかしくて、父の顔を見るのもつらかったです。
愛媛で保険営業の仕事に就き直しました。それでも、毎月の返済は続く。営業成績を上げようとすれば、そのぶん予定も増えていく。この先に、自分の望む暮らしがあるのか、わからなくなっていました。
欲しかったのは、朝起きたときに、その日の予定を自分で決められること。やってみたいことができたら、動ける時間があること。そして、生まれたこの島で、パソコンを使って仕事ができることでした。
このとき、したこと「島で働く」を、自分が目指す暮らしにした。
04 2018年〜 · 自分の仕事をつくる
発信で学んだことを、教材にした。
独立後は、ブログの広告やアフィリエイトに加えて、発信で学んだことを有料noteにまとめました。経験を整理した教材が、仕事のひとつになったんです。
教材が売れても、その売上がずっと続くわけではありませんでした。売上が落ちて落ち込み、ブログを一度消してしまったこともあります。それでも、また書き始めました。
発信して、経験をまとめて、必要な人に届ける。うまくいかなければ直す。その繰り返しで、島にいながら働く方法を少しずつ増やしてきました。
このとき、したこと発信だけで終わらせず、経験を教材や仕事にまとめた。
05 2021年〜 · 仲間と、島の拠点
ひとりで始めた仕事が、仲間と学ぶ場になった。
2021年に法人化し、「フリーランスの学校」を始めました。自分が試してきた発信や仕事づくりを伝え、みんなの実践から、ぼくも学ぶ。オンラインで、島の外の人ともつながるようになりました。
その後は「Live Like A Cat」の活動にも取り組み、2024年には大島に本社兼スタジオ「LLACハウス」を建てました。自分が心地よく働けて、発信や新しい挑戦が進む場所を、生まれた島につくりたかったんです。
土地や建物などに約8,000万円を投じ、そのために会社で6,000万円を借り入れました。最初に抱えた個人の借金500万円とは、別の借り入れです。建てて終わりではなく、返済しながら、この場所をどう生かすかに今も向き合っています。
このとき、したこと学び合う仲間と、自分たちが働く場所をつくった。
06 いま · 心地よく働くための試行錯誤
AIにも頼りながら、この島で働いている。
いまは、LLACハウスを拠点に、ポッドキャストや動画の発信、教材づくり、講座の運営をしています。文章を整理する、動画にテロップを入れる、サイトをつくる。そんな仕事にAIを使っています。
ただ売上を増やせば、暮らしまで整うわけではありませんでした。仕事を詰め込みすぎたり、夜遅くなったり。返済も経営も続いているし、生活リズムを整えるのも、まだ試行錯誤の途中です。
それでも、生まれた島で、やってみたい仕事をつくれるようにはなりました。自分だけで抱えず、人やAIの力を借りる。働く場所も、仕事の進め方も、少しずつ自分に合う形へ変えていく。ぼくが今も続けているのは、その積み重ねです。
このとき、したこと人やAIに頼り、暮らしに合う働き方を調整し続けている。
好きな場所で、心地よく働き、生きる。
ぼくにとって、その場所は生まれた大島でした。そこへ近づくために何を試し、何に失敗したのか。これからも、日々の発信でお伝えしていきます。